牛歩の猫の研究室

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トラウトマン工作の際に米内光政はむしろ良いことをしたとかいう屁理屈

 すごいブログ記事を見つけた。

 すごい荒唐無稽な内容という意味である。この記事のデタラメを指摘しておこう。
デタラメその1⇒一九三八年一月一五日の大本営政府連絡会議において、政府の和平交渉打ち切りに反対した陸軍参謀本部を指して

「外交・政治」問題で介入してきた

としたうえで、

米内海相は統帥部の政治介入を退け、統帥部の「分を守る」べきことを主張した

と述べている。
 まあ、トラウトマン工作に関してこんなことを言うのは海軍善玉論者くらいのもので、こういうロジックで和平交渉の打ち切り=蔣介石政権の否認に与するという取り返しのつかない失敗を犯した米内光政を擁護できると同時に、陸軍だけを悪者にできると考えたのだろうが、
同会議で政府の交渉打ち切りに反対したのは大本営、すなわち参謀本部&海軍軍令部なのを知らないんですか?(『支那事変陸軍作戦』1ほか)。
 そのロジックでいくなら海軍も政治介入してますが?
 というより、この場合自重させる必要があったのは陸海統帥部ではなく、誰がどう考えても国策を誤らせた近衛や広田の方でしょうに。

 また、

陸軍内部が同工作を巡って分裂しており、当時の杉山元陸軍大臣がそもそも反対している

として、杉山陸相が一番悪いと結論付けているが、軍令部はトラウトマン工作継続に賛成、米内(海軍省)はトラウトマン工作継続に反対だったのだから状況は海軍もまったく同じ。したがってそんなロジックが通用するなら米内が杉山と並んで同工作継続を阻んだ「首謀者」ということになるけど本当に良いんですか??

「海軍善玉論」を攻撃する人々

とやらでもこんな無茶苦茶なことは言わないと思いますが(呆れ)。

 

デタラメその2⇒参謀本部やら閣僚やらの態度を見てからトラウトマン工作継続に対する米内の態度が定まったと書くのがそもそも事実に反する。
 政府は当初から和平交渉に乗り気ではなく、一月一四日までにすでに交渉に見切りをつけ、「対手トセズ」声明の発表を決めていた(「大本営陸軍参謀部第二課・機密作戦日誌」『変動期の日本外交と軍事』)。そして、これを受けて翌一月一五日の連絡会議で大本営が反対したのである。すなわちこの件は、米内を含む閣僚が蔣介石政権に和平の意志があるか否かを見定めようともせず、現に交戦している同政権を安易に否認するという愚かな選択をしようとしたために、陸海統帥部がそれを思いとどまらせようとしたというのが史実である。
 まさか支那事変を泥沼化させた側より、それを止めようとした側の方が悪いなどと言うつもりはないでしょうなあ。
 ちなみに前年一二月一〇日の閣議はすぐに取り消したものの、蔣介石の交渉受諾の申し入れ拒絶を一旦決定しており、米内は事実上この時点でトラウトマン工作を頓挫させていたであろう方針に早くも賛成していた(翌日の「東京朝日新聞」は同閣議において「全閣僚意見の一致を見るに至り」と報じている)。
 ではなぜ米内はトラウトマン工作継続に反対だったのか。彼は一九三七年一二月下旬、その理由について次のように明言している。
「別に海軍はそんなに急ぐ必要もなにもないのだ」(原田熊雄述『西園寺公と政局』第六巻)
 しかし蔣介石政権を否認した後ではいくら急いでも手遅れであり、要するに支那事変の先行きを甘く見ていたのである。
 いうまでもなく米内が自らの誤った判断に基づいて和平交渉反対に回ったことは、どう屁理屈をこね回しても参謀本部の責任にはならない。ましてや米内が参謀本部の政治介入を阻止した!みたいな美談になるわけがないのである。もし問題があるなら統帥部の主張を取り入れて、自らの意見として提議することもできたのであるから、この件は米内の失態以外の何者でもないのである。
 米内が主犯ではなくとも陸相・外相・首相と共犯であることは疑う余地なし。正当化大失敗。残念でした~🎊

 

・ここに述べたことは、以下の記事で出典を明示して考察しているので、詳しくはそちらを参照されたい。

トラウトマン工作はなぜ失敗したのか・一~三
トラウトマン工作における新和平条件の決定について(高田万亀子『静かなる楯 米内光政』批判)
・以下は第二次上海事変における米内の責任論。
米内光政と上海事変 

上海撤退の合理性 

米内光政の責任論